2022 WINTER/SPRING

青井 茂株式会社アトム 代表取締役社長

必要なのは他者を思いやり慮る力。
それはつまり、絶対的な愛だ。

以前、愛媛の今治に行った時、しまなみアースランドという公園に足を運んだ。公園には地球誕生から46億年の歴史を460メートルの道で表現した「地球の道」があった。「地球の道」の縮尺でいえば、人生100年という時間軸は、わずか0.01ミリだ。そして、株式会社A-TOMが創業したのは1959年だから、その歴史を「地球の道」にあらわせば、たったの0.0063ミリだ。肉眼ですら、見ることができないその時間の短さに、この世はいかに儚く、ちっぽけなものであるか気づかされる。道の最後には、ネイティブアメリカンの諺である「地球は子孫から借りているもの」という石碑が掲げられていた。

悲しいことに、今日も世界中のどこかで戦争が起きている。しかし、どんな状況下でも人は生まれ、明日も明後日も生きていく。そして世界を次の世代へ引き渡し、地球は終わらない循環を繰り返していく。

考えてみれば、この世には循環しないものなどひとつもない。会社だって、循環の連続だ。人が加わり、辞めていく。僕らの会社A-TOMでも、時折、人の入れ替わりは起きるが、僕は、社員が会社を辞めるのは不幸なことだと思っていない。彼らにはA-TOMではなく、他のところにもっと活躍できる舞台があったという、そんな話だ。

会社はジャングルの生態系と同じで、一人一人の社員に特定の役割が求められる。ジャングルにはさまざまな生物が生息し、特異なエコシステムを形成することで、多様な遺伝子が維持され、地球レベルでエネルギーが安定的に循環しているが、人間の活動も同様で、多様性の存在は社会の発展や成長に不可欠だ。多様性があるからこそ、環境は終わりなく続き、社会は多少の浮き沈みはあってもとりあえず持続する。この持続性をかなえているものは、僕は「神の見えざる手」だと思う。世界の秩序はうまい具合にできていて、頭の良い人たちが特段計算しなくとも、「神の見えざる手」のおかげで、すべてがうまい具合に運ばれていく。こうした予定調和の上に社会は成り立っており、世の中のあらゆるものは混沌と静寂を繰り返す。

経済において「神の見えざる手」を論じたのは、ご存知の通り、イギリスの経済学者アダム・スミスだ。ひとりひとりの行動が利己的な動機によるものであっても、それが無数に集積されると、個々人の意図とはまったく関係なく、社会全体の利益となる。そうスミスは説いたが、その言葉はやがて一人歩きし、いつの間にか曲解されてしまった。現在では多くの人が意味を取り違え、「経済は自由な市場競争に委ねればうまくいく」、つまり「自由放任主義」と理解しているが、彼はそんなことは一言も言っていない。彼は経済活動の自由を推奨しているが、そこには重大な前提があり、「国民全体が豊かにならなければ、国は豊かにならない」というモラルが守られているなら、経済活動は自由に行うべきだ、と言っているのだ。つまり、「自分がよければ、他人はどうでもいい」という思考ではダメだということだ。この話は、何も経済に限ったことではない。社会は人間の集合体で成り立っている以上、一人が幸福で充実した人生を歩むためには、おのずと他者の幸福を願う豊かな心が必要だ。

国民全体が豊かになるためには、一体どうしたらいいか。これは、企業経営でも同様に問うべきテーマである。社員全員が豊かに、そして幸福に働くために、会社はどうあるべきか。僕はそのためには、すべての社員が他者を思いやって慮る力、すなわち「慮(おもんばか)り力」を持つ必要があると考えている。

「慮り力」というと顧客サービスの一環のように思われがちだが、実際はあらゆる状況で必要になる。なぜなら、会社はチーム力が勝負だからだ。会社にいれば、誰でも自分の能力や技術、経験に応じて役割が決まってくる。自分にはどんなことができ、周囲からどんな役割が期待されて、どんなポジションに立つべきか。いってみれば、「慮り力」とは「思慮深い想像力」と「機を外さない行動力」の掛け合わせのようなもので、スポーツでも仲間の能力や特性に合わせてパスを出し、攻撃につなげるのは、勝利に不可欠な知性であるように、慮る力の強い企業が高い総合点を誇り、社会に対して価値を高めていくのではないか。

相手のことを想像する。ときには相手に憑依するように、その立場に同調する。そうした「慮り力」の背景にあるのは、仲間や上司・部下や顧客など、他者に対する絶対的な愛だと思う。そうした揺るぎない愛があるからこそ、会社は長く存続し、発展を継続できる。

僕らの会社のA-TOMでも、加わる仲間がいれば、辞めていく仲間もいる。人が辞めていくのは当然寂しさや悲しさを伴うが、それはちょうど樹木が育つとき、間引きすることで幹がぐんぐん成長するようなもので、間引きされた枝葉には他社という台木への接木として、あるいは次世代を担う挿木として新しい可能性が秘められている。そうやって、A-TOMを巣立った仲間が新たな未来を築いていく様子を僕は愛を持って応援したいし、未来はこうして循環していくのだと確信している。

結局のところ、企業を成長させ、働く人を幸せにするために必要なものは愛であり、愛ある行為はひとつの企業から身近なコミュニティへ、そして社会へ、地球へというように、同心円状に拡大し、持続可能な未来を創造する。そこでは安定した経済活動が保持されていて、「自分だけが金を稼ぎ、幸せになれば良い」という短絡的な思考ではなく、常に他者の幸せを願う愛がある。つまり、アダム・スミスは小難しい経済学を説いたのではなく、あらゆる生物が持つべき壮大な愛を描いたのだ。愛ある会社は、働く人にとって優しく、楽しい。しかも、利益が上がるならさらによし。僕はこれからもA-TOMの代表として、愛と「慮り力」を持って勇気ある決断を下し、組織へ手を加えていこうと思う。

§